年末年始、おなら家、店じまい
年末年始は実家に帰った。
東京に戻ってきてからはバイトばっかり。今日で7連勤目。
お正月はお兄ちゃんのお嫁さんがお泊まりに来た。
夕方に来て一泊だけして次の日のお昼に帰るっていうあっさりしたスケジュールだったんだけど、急に決まったもんだから家は大騒ぎだった。
家族総出で大掃除をしたり、お嫁さんのパジャマを買ったり湯呑みを買ったり、嫌いな食べ物がないかリサーチして献立を考えて買い出しに行ったり、お風呂に入る順番とかタイミングまで打ち合わせして、本当に大騒ぎだった。
お母ちゃんは、いわゆる姑のいびりで苦しんだ経験があるから、自分はお嫁さんを大事にするって心から思っていたらしい。
お父ちゃんは心根から優しい人だからもう本当にただ優しかった。
いかに気を遣わせないか、緊張させないか、二人とも一生懸命だった。
結果はどうかわからないけど。でもお兄ちゃんによると、お嫁さんはその心遣いが嬉しいって思ってくれたらしかった。よかったね。
私のお兄ちゃんと結婚してくれようなんて、それだけで好き。
どういう人かはほとんどわからないけど、それだけで好き。
お父ちゃんもお母ちゃんもおんなじだと思う。
お嫁さんとはお兄ちゃん抜きで話したことはないけど、仲良くできたらいいなあって思ってる。仲良くなれそうな機会は具体的に思いつかないけど、いつかね。
お姉ちゃんも年内に結婚すると思う。
婚約指輪、してるし。
お姉ちゃんの彼氏はかなり好きじゃない。
まあでもそれはあんまり気にしていない。
この差はなんだろう。
同性だと仲良くしなきゃいけないとか思っちゃうのかな。
まあそれは何だってよくて、とにかく、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、今までの家族から離れて、次の家族に移ろうとしている。
お父ちゃんもお母ちゃんもそれがわかっていて、こども3人を支えるために今まで張っていた強いものを、ゆるめて、たたみはじめている。
おなら家、店じまい。
そんな感じがしてものすごくものすごくものすごく
ものすごくものすごくものすごくものすごく寂しい。
今までの家族からいちぬけしたお兄ちゃんに執着しているわけではない。
個々人への執着ではない。
今まで私が所属していた家族の枠がふにゃふにゃになっていくことが寂しい。
末っ子がいつまでも甘ったれているだけなんだけど。
お父ちゃんとお母ちゃんにこんなことを言ってみた。
そしたら、お父ちゃんもお母ちゃんも、自分が結婚するときは、前の家族から早く抜けたかったんだって。それを聞いてなんか泣いてしまった。
私はずっと今の家族のところにいたい。
もう終わりかけてるんだけど。
東京に戻る日、お母ちゃんが
いつでも帰ってきなね。
って言ってくれた。だからまた帰る。
実家に3泊以上してしまうと、東京に戻ってからがつらい。
またホームシックになってグズグズしてしまわないようにって思ってバイトを入れたんだけど、けっこう疲れた。もうやだ。明日もあるなんて信じられない。もう行きたくない。
今日帰宅してお湯を沸かしながら、
私、今日も頑張ったね、本当にお疲れ様、嫌なこともあったけどよく頑張ったね、お外で泣かなくて偉かったね、頑張り屋さんだね、今日はもうゆっくり休んでいいよ、
とかって独り言を言った。誰も言ってくれないから自分で言った。誰かと会話するトーンでべらべらと言った。
そしたら、耳で聞こえるから、本当に誰かにそう言ってもらえてる気がして、泣けてきて、顔がしわしわになった。
私はまだお兄ちゃんたちみたいに、今の家族から抜けた後に落ち着くところをまだ見つけられていない。それってすごく寂しい気がして、心がスースーする。孤立している。
それはずっと一緒にいたいと思える男の子かもしれないし、この先続けて行きたいと思える仕事かもしれない。わからない。
まだまだこれからかもしれないけど、宙ぶらりんの状態は心もとない。
末っ子は甘やかされてずるいと言われてきたけど、
一番上のお兄ちゃんの方が、家族を堪能したんじゃないだろうか。
その方がずるい。
上京するのが順番的に早かったにしても、帰省すればそこにちゃんと家族があった。お姉ちゃんだってかろうじてそう。
私はお兄ちゃんとお姉ちゃんが上京してからは一人っ子状態だったし、たまに帰省してもそこにはお父ちゃんとお母ちゃんがいて、あるのは家族ではない。
3人家族だって家族だけど、もともとが5人なんだから、もう、なんか、違う。
末っ子はいろんなんことの終わりが早いんじゃないだろうか。
お年玉もそうだったし。
ここ数年、年末年始に家族5人が揃う機会があっても、高校の友達と忘年会だの中学の友達と新年会だのと言ってこども3人ばらばらにいなくなるから、じんわり思ってはいたんだけど、もう、終わりなんだなあ。
お父ちゃんがレディーボーデンのでっかいアイスをこども3人に取り分ける光景を、この皿が多いだの少ないだのと騒いできょうだいで真剣にじっと見ることは、当たり前だけどもう無い。
もう一度それがしたいわけでは決してないんだけど、ただ漠然とおセンチになっちゃう。